2012/09/25

花は何の花 つんつん椿 水は天からもらい水~{敬天愛人}PART Ⅱ


{五木村}球磨川の支流~川辺川の 
ダムの建設で村の中心部の殆どが 
湖の底に沈む {五木村}~{川辺川ダム}
建設による住民の村外流出
日本一の清流の消滅という {五木村}
哀愁を帯びた{五木の子守唄}には 
もうひとつの{五木の子守唄}
伝承されているそうですね! 
それは『正調五木の子守唄』と言われるものです
一般に流布している「五木の子守唄」
昭和25年(1950)古関裕而 作曲-- 熊本.人吉地方
唄われていた 民謡を採譜.編曲~哀愁を帯びた
{五木の子守唄} 音丸・照菊が歌って大ヒット!
その後も 多くの人々に愛唱されてきましたね!

{球磨川}の支流へは 一昨年の秋 海が鳴く.うにが咲く
大海原の醍醐味を味わいたく {磯の黄金弁当}を買求め
九州縦断の旅をした時 熊本.人吉地方と共に 訪問
今でも忘れられないのは あの{哀愁を帯びた}
『正調五木の子守唄』です
小生 {九州縦断}の旅 当時 ブログに~《敬天愛人》
天を敬い人を愛する《天命への自覚》(2010 10.16)
綴ってみた事がありますが~あの哀愁.感銘を改めて
記憶に残したいと思い~この 花は何の花つんつん椿 
水は天からもらい水~{敬天愛人}PART Ⅱ』にて
書いてみました

昭和5(1930人吉の小学校の教師 辺隆太郎さん
この地方の民謡を採取・採譜して球磨民謡集を 編纂
その中に旋律も拍子も違う2つの五木の子守唄
載っているそうです

{正調五木の子守唄}と古関裕而 作曲{五木の子守唄}
大きく違うところは--2拍子と3拍子-{正調五木の子守唄}
2拍子~古関裕而 作曲「五木の子守唄」3拍子~つまり
1つは五木地方の子守唄--2拍子--もうひとつは
五木四浦地方(現相良村・四浦)の子守唄は3拍子と
されていますね!

五木四浦地方の子守唄は 人吉地方でも流布
球磨川下りで有名な 人吉は 九州の小京都-国宝
青井阿蘇神社や幽霊寺とも言われる 永国寺等々
古い城下町ですね!

♪おどま親なし七つん年でひとの守り子で苦労する
おどまいやいや泣く子の守りにゃ泣くといわれて
憎まれる つらいもんばい他人の飯は煮えちゃ
おれどものどこさぐ♪

♪おどんが打死{うちん}だちゅうて誰{だる}
泣(に)ゃてくりゃか 裏の松山 せみが鳴く
せみじゃござらぬ妹でござる妹泣くなよ気にかかる
おどんが打っ死ん{うっちん}だら道ばた生けろ
通る人ごち 花あぐる♪

♪花は何の花 つんつん椿 水は天からもらい水
つらいもんばい他人のままは煮えちゃおれど
ものどこさぐ ねんえした子の可愛さむぞさ 
起きて泣く子の面憎さ おどんがお父っぁんな
山から山へ里の祭りにゃ縁がない♪

人  <松口月城>

英雄遠く去って再び出でず城山の嶺上月一輪

敬愛二字意正純 想見南洲斯精神
至誠一貫如聖哲 氣宇崇高惟達人
尊皇愛國碎肝膽 完成明治大維新
英雄遠去不再出 城山嶺上月一輪
  (敬天愛人  <松口月城>

起きて泣く子の面憎さ おどんがお父っぁんな
山から山へ里の祭りにゃ縁がない

花は何の花 つんつん椿 水は天からもらい水

おどんが打死だちゅうて誰が泣ゃてくりゃか
裏の松山蝉が鳴く~

人を相手にせず 天を相手にして おのれを尽くして
人を咎めず我が誠の足らざるを尋ぬべし 西郷 隆盛》


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2012/09/01

皇家の風格~{快雪時晴帖} 王義之 台湾行 PARTⅡ 


時により過ぐれば民の
 なげきなり 八大竜王雨止め給え
      源実朝『金槐和歌集』
建歴元年7月(1200) 大洪水
天に漲りて 土民苦しみしかば
{恵みの雨も過ぎると民は嘆くことになる}  

太平洋高気圧の勢力が強く~東日本
東北は高温少雨が続き.東京は12日間も
連続の降雨が無く~3週間連続熱帯夜
青森、岩手、宮城、秋田、山形の5県では
貯水率が平年の1~3割に低下している
ダムがあり農業用水の10~40%を自主的に
節水される等東北・関東で水不足対策
急務になり~反面 西日本の太平洋側
多雨傾向が続き梅雨からの多雨で
農作物への影響も懸念されています

内閣府は先日(8/29)東海沖から四国沖に
延びる{南海トラフ}沿いで 巨大地震
起きた場合~沿岸部を強い揺れと
大津波が襲い死者が最悪323千人
及ぶ未曽有の大災害になる恐れが
ある{南海トラフ地震被害想定}
公表致しました!
{巨大地震}はいつか来る~自身は
自分で守る!{最悪の想定}に国民
皆が万全の心構えが必要だと
警告されていますね!

31日午後8時47分頃フィリピン中部
サマール島東方沖でマグニチュード(M)
7.6強い地震が発生! {日本時間
8月31日午後948}
震源は島の東方沖約100キロ 震源の
深さは約35キロとみられていますね!
太平洋津波警報センターはフィリピン
インドネシアなどに津波警報を発令!
気象庁でも(9/1)AM 010分には
解除されましたが~東北から九州
かけての{太平洋沿岸}{沖縄等}
津波注意報が出されていました!

(8/31) 立春から数えて 二百十日
今日(9/1)89年前にあの脅威的な
大惨禍となった{関東大震災}
{防災の日}です
東日本大震災から間もなく1年半
南海トラフの巨大地震への備え等
{防災の日}の今日~内閣府の発表に
依ると40都道府県~約387000人の
方々が参加され訓練が実施されて
いましたね!

先日(8/26) 小生自身に鞭を撃ち地域の
{自主防災組織}で防災避難.消火器
訓練等を実施~御参加者が100名超
高齢の方々も{防災.減災}に特に関心を
持たれ 御孫さん・御家族同伴で
元気溌溂に御参加!消防署.行政の
御支援で連日の猛暑の中での訓練乍
お互いに{防災}{減災意識}を高め
自分の命を自分で守る{自助}
更に{共助.公助}{Community}
{ふれあい.助け合い}{共助の絆}
痛感した次第です

時により過ぐれば民の
 なげきなり 八大竜王雨止め給え
      源実朝『金槐和歌集』


小生 台湾 桃園国際空港に到着間も無く
{台湾全土で豪雨}眼を疑いたくなる様な
{積水災情 積水嚴重!}{豪雨被害}情況!

桃園地區從11日開始下起大雨
包括桃園.大園.楊梅等低地區約
數百處都傳出淹水或積水災情
經過一夜中市區仍積水嚴重!

{積水災情積水嚴重}~そんな禍中!
先日の(2012 6.1217)小生の台湾行
{My Web log 7/16} {北回帰線 遥か南
{ }眼下にバシー海峡
{台湾最南端}にて当日の模様の
壱部は記入()です 
皇家の風格~{快雪時晴帖}
故宮博物館 等々若干{台湾行
PART}にてWeb log
綴っておきます

小生 御盆休暇を利用しての 最初の
{ }台湾{日月潭}行は19998
1ケ月後の{1999921}未明
{921 台湾中部大地震}~震源地{集集}
近かった日月潭エリアは甚大な被害!

{東北地方 太平洋沖地震}(2011 3.11)でも
当日()明治以来の観測史上国内最大の
{巨大地震の惨状}を我が家のTVで目を
疑いながら見ていた様に 現地を訪れ
{921 台湾中部大地震}でリゾート
高級ホテルや教師会館.多くの民家の
倒壊等々~唖然として見ていた
記憶が蘇って来ました

{太魯閣峡谷}と同様に{日月潭は台湾で
最も景色のいいところです} 現地の
ガイドさんが 説明する様に
{太陽}~湖の北側--{}{南西}
各々が似ていることから{日潭・月潭}
2千年前に偶然発見された天然湖で
台湾中央部に位置する有数の景勝地
明潭{みんたん .月の合字で明}

1999921日未明に発生した
{921 台湾中部大地震}~震源地{集集}
近く約13kmしか離れておらず
震源地に近かった日月潭エリアの
被害状況は惨たるもの中信.天盧.九龍等々
大型ホテルや教師会館は倒壊~多くの
民家も巨大地震により大きな被害を
被りましたが~{台湾中部大地震}
その後復旧により高級リゾートホテルも
開業.地震前と変わらぬ程の盛況振りでした

{武人}よりも{文人}の方が格上として
崇められている{ }
{921大地震(台湾中部大震災)では
神殿も大きく傾いたそうですが
その後復旧に努め大地震前と変わらぬ
状況になり{日月潭の湖畔}北部の
台湾有数の観光地となり降雨の中でも
遠来の多くの方々で混雑する程でした

{西遊記}{孫悟空}{猪八戒}等の
動物を家来にしたと言う{三蔵法師}
玄奘大師の霊骨が祀られている玄奘寺
{1965年創建}も地震では大被害を
被りましたが 地震前と変わらない
状態に復旧される姿を観て一安心
した次第です
{日月潭}{国立風景区}に指定され
{双潭秋月(秋の月)}は台湾八景と
しても有名ですね!

{真の友は 災難の時に知る}{ロシアの諺}

{故宮博物院}皇家の風格~{快雪時晴帖}

{紫禁城}を 故宮博物院として正式に設立
歴代皇室.宮廷が所蔵していた中華文化
国の至宝を保存されていましたがその後
{故宮博物院}{中央博物院籌備処}
優れた文物が台湾へ移されました

アメリカ メトロポリタン美術館
ロシア エルミタージュ 美術館
フランス パリ ルーブル美術館

双壁とされる{世界4大博物館}の一つ
{国立故宮博物院}~黄河.長江流域に
繁栄を極めた{中国古代文明

{先史~紀元前1600}~有史以前に
発祥した 玉耳環や{陶磁}~新石器時代
{天円地方}の宇宙観による{玉壁}を始め
{国立故宮博物院}には70万点近くの
収蔵品あり 3カ月~6カ月毎に展示品を
入れ替えている為 全てを鑑賞するには
30年以上は掛るとも言われていますね!

王義之の「快雪時晴帖」を一目だけでも
鑑賞したく{書画参観}~書画の展示室
2F階の西側{202.204.206.208.210.212}
あると聞き混雑する{故宮博物院}へと
駆け込んだ処現在 王義之の{快雪時晴帖}
展示していないよ!との担当官の非常な
返答でした~3カ月~6カ月毎に展示品を
入れ替えている為 全てを鑑賞するには
30年以上はかかるとの理由がやっと
解った様な気が致します

図書文献館大楼1階では~皇家の風格
清代宮廷と西洋貴族の宝飾品が展示!
東西が融和され燦然と輝いていました
また{筆に千秋の業あり-書道の発展}
{9/09}も立派な作品が鑑賞できます
{造形と美感}のテーマで {書法と絵画}
常設展も開催されています

以前 上野の東京国立博物館では
門外不出とされていた故宮博物院の
豊富な収蔵品~宋・元の書画41
陶磁器.青銅器.漆工琺瑯.染織等を
観賞させて頂きました
故宮博物院の至宝 皇帝たちの名品
{書画}-宋四大家とも言われる(黄庭堅)
(蔡襄)等の名品も展示
{書跡}部門では故宮博物院蔵の
北宋時代{草書諸上座帖巻}(部分)
(黄庭堅)筆・{行書扈従帖}(蔡襄)

大海の磯もとどろに寄する波
       破れて砕けて裂けて散るかも
            実朝『金槐和歌集』

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