2023/04/08

『吹く風を なこその関と思へども 道もせに散る 山桜かな⇒み吉野の 高嶺の桜~ (桜は やっぱり 吉野. 山桜) 『桜は 俺の命だ!』~金峯山寺蔵王堂 秘仏ご本尊特別ご開帳

 

天武天皇.吉野の宮に 幸す時の御製歌 (萬葉1-27)

 『淑き人の 良しとよく見て 好しと言ひし 吉野よく見よ 良き人よく見』

            『山又山 山桜又 山桜』 (阿波野 青畝) 

(山又山.山桜又山桜)の  吉野山は 下千本~奥千本迄 徐々に(白山桜)

200種類の大半が(山桜)が開花し吉野山全体を彩り.萬葉集等多くの歌に

詠まれています

今年は桜の開花が早まった為. [下千本] 七曲り周辺  [上千本] 大塔宮・

火の見櫓周辺の ライトアップは予定していた 4月1日より早く 

3月27日から開始されました

満開に咲き誇る桜は当然美しいですが 散り際には 散り際の美しさも有り 

桜吹雪に風情も感じられます.

 (萬人醉を買うて 芳叢を攪す 感慨誰か能く 我と同じき恨殺す 殘紅の

飛んで北に向こうを延元陵上 落花の風)   [芳野に遊ぶ]  (賴杏坪) 

吉野山を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録が決定されました

紀伊山地は神話の時代より 神々が宿る場所として崇拝 紀伊半島の 自然と 

(霊場) (参詣道)を取り囲む文化的景観修験道の[吉野.大峯] 神仏習合の

「熊野三山」 密教の「高野山」の 起源を 異にする 3つの 「霊場」

世界でも稀有の資産として高い評価をされています

 

  『世界遺産金峯山寺蔵王堂 秘仏ご本尊特別ご開帳』

    日本最大級の秘仏大迫力の金剛蔵王権現立像(5月7日迄)

役小角を開祖とする修験道の根本道場. 仁王門(国宝) 平成の大修理勧進の為に

金剛蔵王大権現三尊(重文)が特別公開され心の内を打ち明け懺悔する

(発露の間)が設けられ金剛蔵王権現立像に近づいて御参りができます 

釈迦如来(過去世)千手観音(現在世)弥勒菩薩(未来世)権化されて過去.現在.未来

(三世)にわたる衆生の救済を誓願.出現された(金剛蔵王)~金剛界と胎蔵界を~

   『吹く風を なこその関と思へども 道もせに散る 山桜かな』(源 義家) 


    『桜』はやっぱり『吉野.山桜』『桜は俺の命だ!』 

『春入桜花満山白』『一目千本』吉野山の『千本桜』 絶景の『白山桜』

200種類の大半が『山桜』ですね 


 江戸の『染井村』の植木職人により育成された(桜)[吉野.吉野桜]として

売られていたが上野公園の 桜の調査(1900年)により~吉野山の

『ヤマザクラ』と混同される恐れが有る為~『日本園芸雑誌』において

『染井村』の名を取り~『染井吉野』 

     『桜』はやっぱり『吉野.山桜』『桜は俺の命だ』 

NHKにも放映された 水上勉の小説 『櫻守』  桜博士.笹部新太郎翁を

生涯尊敬した植木職人.弥吉 ~『損も得もない.先生は自分の財産を つこうて 

日本の櫻を育てて はんのや! 』『染井吉野は一つの飾り物に過ぎない!

 『桜』はやっぱり~『吉野.山桜』 植木職人.弥吉の心からの叫びですね!

『春入桜花満山白』 吉野山~奥千本.満開の『白山桜』

MY Web log ~(2013.4.13~2020.4.25)(参) 

笹部新太郎翁は 日本の伝統的桜を残そうと私財を投じ何百本もの名木の

接木や実生を育て桜博士とも言われる程(桜一筋)に情熱を傾け研究を

続けてこられました

 大阪造幣局『通り抜け』の桜の管理指導を始め 近江舞子の『千本桜』の

植樹.高槻.金龍寺植樹! 湯ノ山温泉の桜植樹~奈良県橿原街道沿いの

15kmの山桜植樹~吉野山の『山桜』の管理指導等々~~ 

『桜』収集された膨大な資料.花譜.書画.名勝の古文献.研究所に至った4000冊

100冊を超える覚書等が白鹿記念酒造博物館に保存されています 

水上勉が 毎日新聞に連載した『櫻守』と共に 『桜は俺の命だ~桜博士 笹部

新太郎の遺した物~』木村清弘さん執筆の桜博士の関連本にも詩興が募ります

『笹部桜』~落花が始まる吉野山に建立された『頌桜碑』何時も暫し佇み

感無量になる次第です 

『萬葉集』にも多く歌われて来た『桜』は 開花までに何年もかかる

『山桜』は素晴らしと言えますね! 


  『み吉野の 高嶺の桜 散りにけり 嵐も白き春のあけぼの』(後鳥羽院)  

(西行)~北面の武士として鳥羽上皇に仕え23歳で出家!~飯尾宗祇・

松尾芭蕉等に大きな影響を西行は与えたと言えますね!

「西行はおもしろくてしかも心もことに深くてあはれなる.

有難く出来がたき方も共に相兼ねて見ゆ.生得の歌人と覚ゆ.これによりて

おぼろげの人のまねびなんどすべき歌にあらず不可説の上手なり」

               『後鳥羽院御口伝』 

『吹く風を なこその関と思へども 道もせに散る 山桜かな』(源 義家) 

LINK  Lucky PAL (PAL is My Family)

https://ameblo.jp/lucky-pal

http://okamotogen.blog.fc2.com/ 

http://okamotogen.blogspot.com/

http://blog.goo.ne.jp/gogogen2000





2023/04/01

(満開の 桜ずずんと 四股を踏み~大和また新たなる国~櫓には満開の枝垂れ桜 「第62回大和郡山.お城まつり」

 『満開の 桜ずずんと四股を踏み われは古代の

                         王として立つ』    (佐々木 幸綱)

四年振りに 新型コロナウイルス感染症対策を講じ乍ら 「第62回大和郡山.お城まつり」

史跡 (郡山城跡)(城下町一帯)で 通常開催となりました 

[大和郡山お城祭り]は 昭和36年(1961)に 観光協会会長広瀬元次郎が始めた

[数珠くり法要]が起源と言われ~

 

[数珠くり法要]は 石垣の中にある 石仏や城史有縁の諸霊を慰めた様です. 当初5月5日の

子供の日に実施. 明治40年(1907)から  桜が見ごろを迎える時期に行われていた

(金魚品評会)に合わせて催されています.

大和郡山城の桜は 天正13年(1585)に 豊臣秀吉が談山神社を多武峰から郡山城下に

移した際に一緒に移したのが 起源とも言われています.

                  *談山神社は天正18年(1590)に戻りました. 

通常開催になった [第62回大和郡山お城まつり]の*4月7日(金)迄の [主な行事]です.

3月24日 柳澤神社.奉告祭.数珠くり法要(郡山城天守台) 

                        [女王卑弥呼交代式]が 華やかに催されました 

3月25日 第101回金魚品評会.金魚,めだか即売会

3月26日の「時代行列・白狐渡御」は 雨天の為中止になりました.

4月2日 お城まつりコンサート (追手向櫓広場)

郡山中学校吹奏楽部⇒大和郡山観光PR大使の 藤さくら.七海りか.川井聖子さんが参加 

チキンガーリックステーキ(大和丸なすPR大使)

[夜桜ぼんぼり及び 天守台ライトアップ](期間中) 

天正8年(1580)(筒井順慶)が築城し 大和.和泉.紀伊三ヶ国・百万石の太守として

(豊臣秀長)が大和(郡山城)に 入城したのが⇒天正13年(1585)

享保9年(1724)柳澤吉里が甲府より郡山に国替え入城し 桜樹を補植し.以来毎年 

春の開花期には  藩士.町民達の楽しみであったと伝えられています

 明治となり城郭が全て取り払われたが旧藩士が明治13年(1880)本丸に 藩祖.柳澤吉保を

 祀る  (柳澤神社)を建て周辺に旧藩邸の桜樹を移植し更に数百株を補植.毎年(かがり火)を

焚き   (春宵一刻)を 楽しむ様になったそうです


 (追手門)が豊臣秀長.築城に 相応しい姿で復原! 郡山城跡の櫓には満開の(枝垂れ桜)が

近鉄電車の車窓からの眺めも心を和ませて呉れています 

筒井順慶.豊臣秀長.柳沢吉保.所縁の大和郡山城跡 ソメイヨシノ. 山桜. しだれ桜. 八重桜等

800本(日本さくら名所100選)~山口誓子.森川許六の句碑の基で(桜花)を愛で散策も如何! 

                             『大和また 新たなる国 田を鋤けば』(山口誓子) 

                              『菜の花の 中に城あり 郡山』(森川許六) 

                『いざ子ども 山べにゆかむ 桜見に 

                                       明日ともいはば 散りもこそせめ』(良寛)

LINK  Lucky PAL (PAL is My Family)

https://ameblo.jp/lucky-pal

http://okamotogen.blog.fc2.com/ 

http://okamotogen.blogspot.com/

http://blog.goo.ne.jp/gogogen2000