2011/03/13

水取りや 氷の僧の 沓の音 {芭蕉~二月堂}

東大寺.法華堂{三月堂}「北門」芭蕉の句碑

水取りや 氷の僧の 沓の音
《 水取りや 籠の僧の 沓の音 》

国内最大とも言われている巨大地震
{東日本 太平洋沖 巨大地震}や
アフリカ諸国.外国の地で起きた
民衆蜂起等が 勃発しています

自然災害.襲い来る天変地異 等々
《地震列島》に居住する我々にも
今後の{原 発}利用方も 抜本的に
問い直す時期が迫っている様に
思われますね!

東大寺・三月堂「龍王之瀧」の前
{大仏殿の創建よりも古い天平4年(733)
良弁僧正創建の「金鐘寺」の一堂である
法華堂を久しぶりに訪ねてみました

天下安泰.万民幸福~1260回目を迎えた
伝統行事が粛々と行われている~
ニ月堂{修二会}のお隣りにある 



法華堂
{三月堂}
「北門」
芭蕉の句碑

法華堂
{北門}にある
芭蕉の句碑は

《水取りや 籠の僧の 沓の音》

ところが 松尾芭蕉が 貞享元年
伊勢・伊賀・大和・近江を
巡った「野ざらし紀行」の
稿本・写本の中でも 芭蕉 直筆とされている
『天理本』には[籠の僧]ではなく [氷の僧]と
なっているそうです

 二月堂に籠りて (前書)
水取りや 氷の僧の 沓の音

(*小生 天理大学付属天理図書館は地元でもあり
高校生時代から良く利用させて頂いていますが
残念乍ら 未だ芭蕉 直筆とされている
『天理本』 原本を拝読させて頂いていませんが~
俳壇の 大御所によれば
「氷の僧だから名句だと言える! 
籠の僧とすれば 駄句に過ぎない!」とのこと--

『佳景寂寞として心すみゆくのみおぼゆ』
推敲の名手.芭蕉

{奥の細道} 山寺{立石寺~蝉の句}は
推敲例として有名ですが~  
山寺や石にしみつく蝉の声   {曾良書留}
淋しさの岩にしみ込せみの声   {木がらし}
さびしさや岩にしみ込蝉のこゑ {初蝉・泊船集}
 
閑さや岩にしみ入蝉の声

{閑さや}~{岩にしみ入}~推敲にて~
『奥の細道』本文には~
「佳景寂寞として心すみゆくのみおぼゆ」
~と言ったのでしょうね!

平泉中尊寺に詣でた時の{光堂(金色堂)}
{五月雨の降のこしてや光堂}

蛍火の昼は消えつつ柱かな
五月雨や年ゝ降りも五百たび
五月雨の降のこしてや光堂

{随行日記}--曾良によれば日は{天気朗}
芭蕉は{五月雨}を降らし{鮮やかな光堂}となり
余にも名句として残っているのでしょうね!

幾多の辛酸を潜り抜け~1250年以上に
渡り連綿と続けられている---
1260回目東大寺ニ月堂{修二会} 

十一面観音に罪汚れを懴悔~世の平穏を祈る

毎夜午後8時頃から営まれる初夜の
法要では世界平和を始め~明治以来の
観測史上国内最大とも言われている
巨大地震「東北地方 太平洋沖地震」
外国の地で起きた民衆蜂起~万民の
病気平癒の祈りに加え---経済危機からの
脱却を祈り~諷誦文・祈願文が毎夜
読み上げられていました~

1250年以上に渡り連綿と続けられて来た
{1260回目の東大寺.二月堂.修二会}
{達陀の行}(12日-14日)~炎の力で邪悪を払い
燃え盛る松明を持った火天役が内陣に~
水天役と向き合い~飛び跳ねる仕草を
繰り返した後~松明が礼堂に投げ出され
3月15日未明に満行を迎えましたね!
神に近い子~{中灯 童子 敏 丸}
《東大寺 二月堂大欄干》 聖域に入る
ことを許された神に近い子《童子》
一昨年迄は{中灯 童子 敏丸} として
大松明を持つ{童子}を務められたのが
生駒の小生宅の近所にお住まいの
門谷敏也さんです
今年は御事情により御休場となりましたが-
{中灯さん~行きまぁ~すぅ}あの元気な声が
聞かれず~東大寺二月堂大欄干で乱舞した
勇壮な炎{籠松明}を持たれた門谷敏也さん
今年は御家庭の御事情で~あの時の雄姿が
観られないのが~残念な限りです
童子は 聖域に入ることを許された
神に近い子の資格を持った人達であり
《練行衆》に 其々一人ずつ付かれ
門谷さんは 二月堂・大宿所で
大松明の作成や食事等 練行衆の
御世話で昼夜を問わず多忙を
極められていました

門谷敏也さん宅の門前に{今年も}ある--
二月堂大欄干--勇壮な炎が闇夜に乱舞した
「籠松明」 《無病息災》を齎して頂く
大松明(8M)・重さは 80キロと言われる~
満行を迎えた『籠松明』を身近に眺め
手に触れる事が出来ました
あの日の感動が蘇えり~~
本当に有難う御座いました


走る 火影 揺れる あふれる涙 燃える
 燃える 燃える 松明 「修二会」

《春寒の弥生三月春まだき
君の肩にはらり 良弁椿
ここは東大寺 足早にゆく人垣の
誰となく独白く南無観世音 
折から名残り雪

君の手は既に 凍り尽くして居り
その心 ゆらり 他所にあり
もはや二月堂 天も焦げよと松明の
炎見上げつつ何故君は泣く 雪のように
火の粉が降る~~~》「修二会」
 さだまさし 作詞・作曲




{東日本 太平洋沖 巨大地震} マグニチュード9.0

明治以来の観測史上国内最大だとも言われている
巨大地震~深夜まで続々と報道される地震や津波の
被害状況~TV 画面を正視することが出来ませんでした

{真の友は 災難の時に知る}{ロシアの諺}
地震国で暮らす我々に再認識するには辛すぎる試練
小生は阪神・淡路大震災復興や新潟県中越沖地震で
近鉄駅前・街頭で義捐金を募り 少しは
お手伝い程度の事をやって来ましたが~
被災した人達の為私達は何が出来るのか--
真剣に考える時ですね!

自主防災組織の一員ですが--
天変地異の脅威 
自然災害に対して
私達はあまりにも
無力であると事を痛感致し~
地震や津波の被害を
受けられた多くの方々 
心よりお見舞い申し上げます!

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2011/02/25

人の輪と 叡智で築こう コミュニティ 豊かな文化 

天上天下 唯我独尊--我田引水~とも言えるでしょうか !

《 人の輪と 叡智で築こう コミュニティ
           豊かな文化と ふれあう生駒 》


『生駒市
市民憲章の
つどい』
(2011 2.24)
にて偶然にも
平成23年
{生駒市民憲章}
最優秀賞を
戴きました 
確か従前も
{市民憲章最優秀賞}を受賞致した事はありますが~
やはり小生に取って《 青天の霹靂 》とでも 言えるでしょう


『生駒市 市民憲章のつどい』は ----
市民憲章の実践.団体 市民憲章をテーマとした
《標語 自由詩等の作品》の入選者が
表彰されました


この『生駒市
市民憲章の
つどい』には
各地域の小.中
学生及び先生
御父兄を始め
市民憲章の実践推薦者.団体等
当日は 市 コミュニティセンター 文化ホールに多くの 市民の
方々が参加されました

市民憲章は21世紀及び市制30周年を記念して
平成13年(2001)11月1日 新に制定されました 

『生 駒 市 民 憲 章』

生駒山の豊かな緑に育まれ 自然と歴史と
文化が調和しながら発展しつづける生駒市 
わたしたちは ここに住むことへの愛着と
誇りをもって みんなの夢がかなうまちを
築くために 市民憲章を定めます

1自然を愛し 人と自然が共生する
    美しいまちを つくりましょう
1お互いに助けあい 安心して暮らせる
    やさしいまちを つくりましょう
1人権を尊重し 心のかよいあう
    あたたかい まちをつくりましょう
1スポーツに親しみ 健康で活力のある
    まちを つくりましょう
1知恵を出しあい 世界にはばたく
    文化のまちをつくりましょう


《おかげさまで・・・》
     ~多くの出会いが私を~

当日は元郡山西小学校長
古川澄子さんによる記念講演会も
催されました
古川澄子さんは奈良県家庭教育講師団
講師をされております

先生は{はじめに}~《感動と敬意》
どの都市でも憲章は—生きて働く憲章に
する為~多くの団体が一つになって
計画的に実践.推進を!
{ありがとう}の一言を{おわり}とされ
私は現在80歳です~もう80歳と--
言わずに~まだ80歳と言うのが---
良い様に思います

80歳まで生きさせて戴いて本当に
心から有難いとおもいます~今後も
精一杯生きさせて戴きたい~
当日参加された会場の多くの方々が
深い感銘を受け乍~素晴らしい
講演会を聴き入り---有意義な一日を
過ごされていましたね!

限りなく 降る雪何を もたらすや  (西東 三鬼)

百花の 魁を占む~《寒 梅》~


庭上一寒梅  笑侵風雪開
不争又不力  自占百花魁
新島襄 {庭上の一寒梅}

{寒梅之詩}

{真理は寒梅のごとし 敢えて風雪を
侵して開く}~同志社の新島 襄先生が
永眠される直前に「庭上一寒梅」
{寒梅之詩}を 詠んでおられるそうですね

百花の魁として咲く~{寒梅}~
苦節試練に耐え~争わず 無理をせず
終始ゆとりと謙虚な姿~我々も斯く
ありたいものですね!

庭上一寒梅 笑侵風雪開
  不争又不力 自占百花魁 

《 緑に包まれ きれいな河
  明日の生駒は みんなの手で 》

《 輝ける 未来を創ろう  知恵の輪で 
     世界を結ぶ  わが町生駒 》
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2011/02/03

花山院弘匡宮司.点火~幽玄の美~息災願う {節分 萬燈籠} 

節分万灯籠《御} 灯}》第40号を
春日大社から例年の事乍御送付頂きました
本当に有難う御座います

《御 灯》--日本人の伝えてきた素晴らしい
伝統文化の真実を---理解して頂きたい~
{御 燈}は《北辰信仰》により--天皇が
北辰{北極星}に灯火を捧げられる宮中儀式
灯火を{御燈}と言われているそうですが~
神仏に奉る{御灯 }と解しても良いのでは
無いでしょうか?

平成23年 節分万灯籠《御 灯}》には---
春日の杜の信仰の世界⑥『春日権現霊験記繪』
巻四{天狗参入東三条の事}が紹介されています
『春日権現霊験記繪』春日明神の霊験の数々
詞書と絵~華やかな貴族の生活~庶民の風俗
樹木と神山と鹿の信仰.神仏習合に基づく
春日浄土の世界絵は高階隆兼~~
西園寺公衡の発願で延慶2年(1309)
春日社に奉納された~稠密華麗.色鮮やかに
綴られた大和絵の一頂点とされていますね!


幽玄の火に息災願う春日社 節分 萬燈籠

平安朝の頃から 庶民信仰が厚く
藤原氏を始め一般国民から奉納された
境内にある 3000基の万燈籠-----
古いのは釣り燈篭で藤原頼通の寄進した
瑠璃燈篭(1038) 石燈篭では若宮社の
南方にある藤原忠通の寄進した
柚木燈篭(1137)また飛火野横の参道には
立派な2つの大燈篭がありますね!

崇敬者の願いを揉められた和紙が貼られ
万灯籠の日  花山院弘匡宮司が この
本殿前の「瑠璃燈籠」に点火されると
回廊につるされた1千基の釣灯籠
参道脇に並ぶ2千基の石灯籠にも
参列者の各自が浄火を入れ---

境内にある約3000基の全ての萬燈籠に
火が灯されます~~まるで幽玄の世界が
繰り広げられます~特に本殿周辺は
釣燈籠が並び朱塗の回廊を照らし
恰も平安朝の王朝絵巻の様ですね!

また燈籠が整然と並ぶ二ノ鳥居から
神苑付近も《蝋燭の明かり》が
大和・春日社の《冬の夜》を照らし
《幽玄の世界》が繰り広げられます

萬燈籠は江戸時代末ごろまでは常夜灯として--
油料の続く限り毎晩点燈され~また雨乞
祈願にも万燈が行われた記録がある様ですね!
万燈籠は明治維新後一時 廃止されたが
明治21年から再興されて 節分と御盆の
年2回点火されています

近年は *(中元万燈籠)  8月14日,15日
*(節分万燈籠)   2月 節分日
節分万燈籠・・・・・・諸願成就の祈願祭で
舞楽が奉納されます


雪国の皆さんは相互の 助け合いで《克 雪》

今年の 春日社 『節分萬燈籠』~幸い降雪は勿論無く
穏やかな夜日でしたが~地球温暖化による気候 変動!

予想出来ない大雪~信越や北陸地方--特に日本海側で
記録的な大雪被害~福井県南越前町で~積雪244cm
氷見市では112cm~北陸三県各地で観測史上最高を
記録したとも報道されていますね!

豪雪にも挫けず相互の助け合いで雪に負けずに
《雪》を克服される~《克 雪》
{雪かきボランティア}を始め御互いに懸命に
努力をさせている姿に眼頭が熱くなりました

千とせまで かけぞまもる 氏人の
  かうべといます  君のたますき 
{
春日権現験記絵} 巻3(鹿島の宮造営の事)


萬燈籠  賜る今宵は 春隣り

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