治承4年(1180) 平重衡の南都焼き打ちにより
東大寺・興福寺は甚大な被害を蒙り---
東大寺の大仏殿が焼け落ち 盧舎那大仏が大破---
堂塔伽藍---内部に安置されていた幾多の尊像と共に
灰燼に帰した時もあり~~また永禄10年(1567)
松永久秀の軍勢により二度にわたって東大寺は
焼き打ちに会う等々 幾多の辛酸を潜り抜け~~
1250年以上に渡り連綿と続けられている---
まったく媚びない倭の伝統行事が始まりました
古都に本格的な
春を呼ぶと言われてきた
東大寺ニ月堂「修二会」
(1258回目-----お水取り)
東大寺開眼の2ケ月前 つまり752年
(天平勝宝4年) 2月1日
二月堂で修二の悔過を修したとされるのが
「修二会」の始まりで1250年以上に渡り
連綿と続けられています
童子による 炎の瀧 --の
修二会は 「二月を美しいものにする」--と言う
意味もあるとされています
東大寺二月堂
修二会は
大まかに分けて
2月20日~28日までの
「別火」と呼ぶ 「前行」
3月1日~14日までの「本行」の前に
同じ火で 煮炊きしたものを食べたり
同じ火にあたったりする聖なるものも
俗なるものも 伝播するので 火を分けることを
意味するとのことで 手向山八幡宮の宮司が
練行衆の別火坊入りや 参籠宿所入りに
先立って台所・仏餉屋・浴室・湯屋のかまどの
清祓を行い 火のまわりを 清め若狭井や
良弁杉に掛ける注連縄に挿す幣を作られます
炎の瀧---二月堂欄干の「」籠松明
眞竹の先に杉枝を薄い松板で籠の様にして包み藤蔓で
縛った「籠松明」の重さは60キロ~70キロ
童子が肩に担いでゆっくりと石段を上り
天井に届くほどの炎に先導された練行衆が
ニ月堂に上がって行かれる~~~
「おたいまつ」は 上堂する 練行衆の
道明かりともなり 練行衆は十一人いますが
処世界という役の者は先に上堂して
掃除など準備をしているので
おたいまつは 十本となります
この 大松明の作成は勿論のこと
練行衆のお世話をするのが童子の役と
されています
道明かりを 点火されるのが 加供奉行
「中灯さん~ 行きまぁ~すぅ」~
練行衆の役回りを 呼びながら---
手松明から~上堂松明りへ---
火は 一気に燃え上がっていきます
平成21年(2009) からは 十本の松明が
二月堂の欄干で打ち振られていません---
和上・大導師・咒師 等々上役である 3人の
松明は宿所価から二月堂への階段を上がった所で
消されているそうです~~~
観音菩薩の御祈りを捧げる行法が華美になる事を
戒めた為だとも言われていますね!
童子によって作られた大松明が
修二会で焚かれ二月堂の欄干から振り廻されると
一斉に怒濤の歓声が上がり火の粉を被ると
一年間無病息災だとされています
火天役の 練行衆が
松明を引いて
二月堂 内陣を駆け回る 炎の行「達 陀」
修二会 本行終盤には 勢いよく燃える松明---
水天役の僧と共に---踊り跳ねる仕種を繰り返す--
達陀・妙法が行われ~~15日の早朝には
幼子に金襴の達陀帽を被せる習わしがあります
達陀帽をかぶった子供は健康に育つと
言われていますね!
昨年は -----
{中灯 童子 敏丸} として
大松明を持つ 童子を務められたのが
生駒の小生宅の近所にお住まいの
門谷敏也さんです 今年は
御事情により御休場となり--
「中灯さん~ 行きまぁ~すぅ」~あの声が
聞かれない様で---誠に残念な限りです
童子は聖域に入ることを許された神に近い子の
資格を持った人達であり ------
練行衆に 其々一人ずつ付かれ
門谷さんは 二月堂・大宿所で
大松明の作成や食事等 練行衆の
御世話で昼夜を問わず
多忙を 極められていました
今も門谷敏也さん宅の
門前にある
二月堂大欄干--勇壮な
炎が闇夜に乱舞した
「籠松明」-- 《無病息災》を
齎して頂く《火の粉》を思い乍~あの時の大松明(7M)を
身近に眺め手に触れる事が出来ました
またあの日の感動が蘇えり本当に有難う御座いました
多謝! 多謝!
法華堂(三月堂)「北門」) 芭蕉の句碑
「龍王之瀧」の前( 大仏殿の創建よりも古い
天平4年(733) 良弁僧正創建の「金鐘寺」の
一堂である法華堂(三月堂)
「北門」)にある 芭蕉の句碑には---
水取りや 籠の僧の 沓の音
ところが 松尾芭蕉が 貞享元年 伊勢・伊賀・
大和・近江を巡った「野ざらし紀行」の
稿本・写本の中でも 芭蕉 直筆とされている
『天理本』には[籠の僧]ではなく [氷の僧]と
なっているそうです
二月堂に籠りて (前書)
水取りや 氷の僧の 沓の音
(*小生 天理大学付属天理図書館は地元でもあり
高校生時代から良く利用させて頂いていますが
残念乍ら 未だ芭蕉 直筆とされている
『天理本』 原本を拝読させて頂いていませんが~
俳壇の 大御所によれば
「氷の僧だから名句だと言える!
籠の僧とすれば 駄句に過ぎない!」とのこと -----
水取りや 井をうちめぐる
僧の息 大江丸
水取りや 瀬々のぬるみも
此日より 蓼太
幾多の辛酸を潜り抜け~~
1250年以上に渡り連綿と続けられている---
まったく 媚びない倭の伝統行事~~~
100年に一度と言われる~~世界的な経済危機
毎夜午後8時頃から営まれる初夜の法要では~~
世界平和や病気平癒の祈りに加え---
経済危機からの脱却を祈り~諷誦文・
祈願文が読み上げられています~~~
世界各国が自国優先の保護主義が広がれば---
世界の貿易や経済は 更に縮小均衡に
陥る事が必至ですね!
経済危機からの脱却・祈願文が読み上げられ
東大寺 ニ月堂の 修二会 本行が終わり
大和路に春本番がやって来ます~~~
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