2012/07/01

天つ菅麻を本刈り断ち~{千歳の生命延}といふなり (夏越の祓い)


{天つ菅麻を本刈り断ち 末刈り切りて
瀬織津比売が大海原に 持ち出でなむ
{夏越の 祓い}{祝詞}
祓戸社で御祓いと祝詞奏上~晒を張り切り裂く

氏神様(小生の)とも言える 往馬大社
{夏越の大祓}~拝殿で神事.この半年間に
知らず知らずに犯した罪や穢れを
渡された人形にうつしておられます

往馬大社の{茅の輪くぐり}は高座の横で行われ
宮司を先頭に《水無月の 夏越の祓する人は
千年の命 延というなり~》茅の輪をくぐり乍
節電.酷暑を無事に過ごさせて頂く戴く様にと
降雨に関わらず多くの参拝の皆さんが
祈願されていました
この{茅の輪}を作られた{{チガヤ}の数本を
賜り自宅の門前に捧げました

{夏越の 祓い}~水無月祓~千歳の生命延といふなり

{水無月の 夏越の祓する人は 千歳の命 延~}
(陰暦 六月晦日)
古歌{水無月の夏越の祓する人は 千歳の命 延と
いうなり~}を朗詠し乍「茅の輪」を潜ると
夏の疫病や災厄から免れ~この一年を 災難 無く
過ごさせて頂く戴く~ 御祓「夏越しの大祓」は
奈良朝に宮中で始まり 例年全国各地の
神社・仏閣でも営まれていますね!

{水無月の 夏越の祓する人は 千歳の生命
延といふなり~(【公事根源】一条兼良


京都の多くの神社でも 六月晦日に{夏越神事}行われ
京の夏の風物詩とされていますね!

城南宮では交通安全祈願の為 車を通り抜けさせる
直径五㍍のジャンボ茅の輪を設置
境内の小川で人形流しや人形を浄火で焼く

お焚き上げ~和菓子の{水無月}を無料で
上賀茂神社・吉田神社・建勲神社・白峯神社

振る舞っておられる神社もありますね!
地主神社・貴船神社・城南宮・車折神社
梅宮神社・御香宮神社等々では一年間の
折り返しにあたるこの日 大きな{茅の輪}
社頭に飾りその茅の輪をくぐると無病息災
悪厄退散~多彩な催しをされていますね! 



北野天満宮では御誕辰祭 大茅の輪くぐり
624日午後1時に大茅輪奉製され午後4
大茅輪取り付けられ~625日に御祭神
菅原道真公御誕生の日に御誕辰祭が
斎行されていますね!
{()の輪}{智の輪}と解釈され天神様
御神徳を授かろうと多くの受験生.参拝者が訪れ
縁日の骨董市や植木市などの露店と共に
例年可なりの賑わいですね!
酷暑を無事に越すことを願い{夏越天神}~夏本番を
前に茅の輪をくぐり~{茅の輪}{智の輪}」にも
通じると言われています
北野天満宮の{夏越の大祓}630日の夕刻
催されています

小生 例年{元朝詣} 春日社の{夏越 大祓式
午後3 二の鳥居の近くにある祓戸神社で行われ
春日参道には直径約2㍍の立派な{茅の輪}
設けられ 神官に続いて参列者が次々とくぐり
皆さんが無事の{夏越}を祈っておられました
身についた罪や穢れを祓い去り~無事に夏を乗り
切れる様にと祈願する神事とされています

{燦然と輝く鎧の双璧}国宝 赤糸威大鎧
{梅鶯飾}甲冑史上最も華麗で古様を留め
武士の晴れ姿を示すが如き名宝の数々が
展示されている春日大社~宝物殿

春日社 宝物殿では来月{83{}から
春日大社の名物~みかさ山.神鹿.灯籠の美術
{鹿座仏舎利・同御蓋山蒔絵蓋}等~雅やかで
華麗な絵画.工芸.書跡展が予定されています

東大寺では{盧舎那仏}の前に茅草で作った
直径約2m{茅の輪}が設けられ~除疫病を
祈る{夏越しの祓い}に由来する法要~{東大寺
解除会}月遅れの7月下旬に行われていますが
殆どの神社・仏閣では 陰暦六月晦日に
「夏越の大祓」が行われています

布留 石上神宮 {神剣渡御祭(でんでん祭)}
小生の故郷 布留 石上神宮では{神剣渡御祭}
神剣が境内の神田神社へ渡る{でんでん祭}
例祭の後に{御田祭り}~お田植神事が行われ
夕刻には布留 本社にて{夏越の祓}
催されています
神剣を先頭に~古歌を朗詠し乍{茅の輪くぐり}
参列者が一列になって行われ~{茅の輪}{御田祭り}
{早苗}は参列者が少しずつ持ち帰り~暑い夏の無事
御祓いで災難無く過ごせるように祈願されています

大和 大神神社では{大祓みわの茅の輪神事}
拝殿前の斎庭には三つの茅の輪で作られた
{みわの 茅の輪}が設置され~{大祓みわの
茅の輪神事}が祈祷殿前斎庭にて祭典が
行われていますね!
{三つの輪}一般の参列された方々もこの輪を
くぐり~{夏越}を祈っておられます

遣唐使が旅立つ前には参拝していたと言われる
大和神社{夏越の大祓式・茅の輪くぐり}

大和天川村の天河大辨財天社で{大祓式}

橿原神宮では神楽祈祷{夏越祈祷神楽}{大祓}
大祓式以降の穢れを祓い清める神事
この後半年間の無病息災を願う祈祷が等が
行なわれていますね!

《夏越の祓》迎える{稲穂が実って来る月}{穂含月}

思ふ事 皆つきぬとて 麻の葉を 切りに切りて
祓えつるかな (和泉 式部)

炎天を 槍のごとくに 涼気すぐ  飯田 蛇笏

連日の様な{熱い夏}~蛇笏師の名句の如く
「槍のごとくに涼気すぐ」--皆さんも爽快に
{夏越の祓}を迎えられた事かと思います
母の分の 一つくぐる 茅の輪かな  (一 茶)

水無月の 夏越の祓する人は 千歳の生命延といふなり
【公事根源】一条兼良 有職故実書著(室町中期)

左大辨葛城王等賜姓橘氏之時御製歌一首
橘者 實左倍花左倍 其葉左倍
   枝尓霜雖降 益常葉之樹
   萬葉巻6-1009番 聖武天皇

橘は 実さへ花さへ その葉さへ
      枝に霜降れど いや常葉の木

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2012/06/06

{第2の地球}の発見か?(金星の太陽面通過) 再び {世紀の天体ショー}


未通女等之 袖振山乃 水垣之
久時 從憶寸吾者{柿本人麻呂}

をとめらが 袖ふる山の
   瑞垣の 久しき時ゆ 思ひき我は
柿本人麻呂・萬葉集 巻四・501
{ふる(布留)} 掛詞的に導き出す
{序詞}として{袖をふる(振る)}とされ
{乙女が 袖を振る 布留の山の
神の社の瑞垣が久しい昔からある様に
随分 以前からあの娘のことを思い
続けて来た~{柿本 人麻呂}

{萬葉歌朗詠奉納祭}(5.30)に催され
萬葉朗詠の会(奈良神川堤観家元)
神前で 萬葉歌2首を朗詠されました
萬葉集と縁の深い石上神宮で初めての
奉納祭の開催となり家元を始め20名の
会員さん方が参加さていました

{大和にいる我々が萬葉集について勉強し朗詠を通じてその魅力を多く
の人に広めていきたい」神川堤観家元()

小生の 故里にも近い石上振神宮
布都御魂大神を主祭神とされています
石上布留社 古代の山辺郡石上郷に属し
布留山の西北麓に鎮座し 布都御魂大神は 
神体である布都御魂剣に宿る神霊とされ
布都斯魂大神 宇摩志麻治命 五十瓊敷命 
白河天皇 市川臣を 配祀されています
市川臣は 孝昭天皇の皇子.天足彦国押人命の
後裔で 当社社家の祖とされていますね!

古事記』・『日本書紀』に既に 石上神宮
石上振神宮との記述があり古代 軍事
氏族である 物部氏が祭祀し~ヤマト政権の
武器庫としての役割も果たしてきたと
考えられています

大和路にも太陽の周りに{虹の輪}《日暈》出現

521日の《金環日食》とは異なった
光のリング》太陽の周りに光の輪が現れる
日暈》が530日午前10時半頃に
出現しました
奈良地方気象台によれば《かさ》と呼ばれる
現象で 上空の高い位置に浮遊する雲に
含まれる氷の粒に太陽の光が屈折して生じ
太陽や月にうす雲がかかった際 雲が
氷の粒でできたプリズムの役目を果たし
太陽の光を拡散し鮮やかな七色に!
この様なプリズムの働きをして光を屈折
光の輪が出来る光学現象~{天気が下り
坂になる前触れ}とも言われています

太陽の周囲を光が取り囲む《日暈》
その下にある平らな虹のようなものは
環水平アーク》と言われるそうですね!

太陽系外の{第2の地球}の発見か!

{太陽系外にも惑星を探す計画に役立つ}
{金色の輪}{金環日食}に感動した(5.21)
日本列島 感激の{金環日食}から~再び
{世紀の天体ショー}66日に繰り
広げられますね!

{金星の太陽面通過}は国内では6月6日
午前7時10分頃から午後1時47分頃迄
6時間半余り続き日本列島全域で
観測出来る{国立天文台}
{次回は105年後の21171211}
金星のシルエットが太陽の縁と接触する
直前に水滴のようにくっついて見える
{ブラックドロップ(液滴現象)}が観測出来る
可能性があると言われていますね!

こんな果てしない人類の夢を叶える様な
可能性を秘めている世紀の天体ショー
眼を凝らして期待致したいものです

石上 布留の神杉 神さぶる
     恋をも我れは さらにするかも
 『萬葉集』巻101927{詠人不知}
  
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2012/05/03

『若葉して 御目の雫 拭ぐはばや』唐招提寺 開山堂~鑑真像を拝み詠う{芭 蕉}





盲ひてなお浄慧の人は明らけし

  面もちしろく春を寂びてぞ』{若山牧水}

遥か{}より六度{12年間}にも及ぶ 多難な渡航乗り越え
日本僧の栄叡.普照に要請されて来日 
悠久の時空を越えて 瞑想される名僧 {鑑真 和上}


{ }~和上の故郷 江蘇省揚州市の名花
可憐な白い花~{額紫陽花}に良く似た
{瓊花} 揚州 {大明寺}で大切に育てられ
{鑑真和上遷化1200} 1963(昭和38)
記念事業の一環として中国仏教協会から
贈られた{瓊花}を株分けされ 現在10株の
瓊花と 御廟にも1株が生育{唐招提寺}
御影堂供華園にて「瓊花」が58日迄
特別公開されています
{今年は例年より若干開花が遅く花の
状態によって期間を延長される事も
あるそうです}

大寺の まろき柱の 月かげを
  土に踏みつつ ものをこそ思へ    会津 八一 

『若葉して 御目の雫 拭ぐはばや』
 唐招提寺 開山堂で鑑真像を拝み詠う 
鑑真和上が 天平宝字七年(763)五月六日  結跏趺坐し
西に面し七十六年間の生涯を終えらましたが弟子
忍基は講堂の棟や梁のくじける夢を見て鑑真和上の
遷化近いこと予感---80 脱活乾漆造り
穏やかな微笑--眼許から顎にかけて感じられる
強い意志--そんな和上の像を刻んだと言われています
筋骨逞しい体膈---拝する人々の心に迫り静まり
返っている盲いた二つの眼~{鑑真和上坐像}

鑑真和上が亡くなってから 九百年後---元禄元年四月
芭蕉は唐招提寺 鐘楼の北側の鑑真の往坊跡に建てられていた
開山堂で鑑真像を拝んで~~~
『若葉して 御目の雫 拭ぐはばや』と詠った作品
芭蕉は鑑真像の盲いた双の眼に 露わならぬ悲しみ--
涙を感じとり----辺りは若葉で埋まっていて その若葉で
御眼の涙をぬぐって差し上げたい---そんな気持ちが
伝わってきますね!
盲いた眼を持って日本に渡って来られた鑑真像を拝し
静かに閉じられている二つの眼に打たれますね!

『天平の甍』の著者 井上靖は『おん目の雫』と題する
著述で,芭蕉の句について「芭蕉は鑑真像の 盲いた双の眼に 
それと露わならぬ悲しみを 涙を感じ取ったのである」
「天平8年前後は鑑真にとっては最も苦しい時期であった
その苦しい時期のことを思い出す度に必ず榮叡と祥彦の
二人は鑑真の瞼の上に浮かんできたに違いないと思う
そして その都度 鑑真の盲いた眼は 何ものでも拭うことが
できぬ涙であったことであろうと思う---芭蕉はその涙を
若葉でぬぐって差し上げたいと思うたのである」(井上靖)


芭蕉 開山堂で {鑑真和上坐} 拝み 
『若葉して 御目の雫 拭ぐはばや』 詠んだ
鑑真和上坐像の {お身代わり}を迎える本願堂の解体修理が
平成255月の完成を目指して進んでおり
この 四方の入り母屋造りの{本願堂}は江戸時代初期に
徳川家から寄進されたものですね! 

{若山牧水} 
水楢の柔き嫩葉(わかば)はみ眼にして
    花よりもなほや白う匂はむ」  
盲ひてなお浄慧の人は明らけし面もちしろく春を寂びてぞ」    

{会津八一} 
大寺のまろき柱の月かげを土に踏みつつものをこそ思へ

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