2015/04/01

沖縄.名護城の{寒緋桜}日本で一番早い桜!~北の大地は{蝦夷山桜}~{染井吉野}爛漫.聖天参道!

妹に逢はずあらばすべなみ岩根踏む
         生駒の山を越えてぞ我が来る

Cherry blossoms drawing more Chinese
Visitors than during New Year's holidays

{日本列島~桜前線.北上中! {清明節}
中華圏{台湾.中国}の人達は連休!
{桜花} 見に行こう!花見が口コミで超人気!
外国人の花見客!~New Year's holidays
{日本人気}に拍車を掛ける様に~新聞紙上は
この様な大きな見出しで賑わっていますね! 
日本で一番早い桜は 沖縄~名護城の濃いPink.つり鐘状の{寒緋桜.カンヒザクラ}
北の大地.北海道{蝦夷山桜.エゾヤマザクラ}~気象庁が桜の開花.満開を
観測するのは61地点!~{}{染井吉野} 標本木の 開花状況を
全国各地で観測していますね! 
江戸の{染井村}の植木職人によって育成された{}~{吉野}.{吉野桜}として
売られていたが上野公園の桜の調査{1900}により~吉野山の
{ヤマザクラ}混同される恐れが有る為~{日本園芸雑誌}において
{染井村}の名を取り~{染井吉野} 
水上勉は小説『櫻守』に桜博士.笹部新太郎翁を生涯尊敬した
植木職人.弥吉の心からの叫びとして
損も得もない~先生は自分の財産をつこうて
         日本の 櫻を育てて はんのや
[染井吉野]は一つの飾り物に過ぎない! []はやっぱり~山 桜!
{春入桜花満山白} 吉野山~奥千本.満開の[
MY Web log (2013.4.13~御参照の程) 
笹部新太郎翁 日本の伝統的桜を残そうと私財を投じ何百本もの
名木の接木や実生を育て桜博士とも言われる程
{桜一筋}に情熱を傾け研究を続けてこられました!

{萬葉集}にも 多く歌われて来た~[]開花までに 何年もかかる~{山桜} 
{西行}~北面の武士として鳥羽上皇に仕え23歳で出家!
飯尾宗祇・松尾芭蕉等に大きな影響を西行は与えたと言えますね!
{西行はおもしろくてしかも心もことに深くてあはれなる.
有難く出来がたき方も共に相兼ねて見ゆ.生得の歌人と覚ゆ.
これによりておぼろげの人のまねびなんどすべき歌にあらず
不可説の上手なり}後鳥羽院御口伝 
{またれつる 吉野の桜さきにけり心をちらせ雪の山風}
{春といへは 誰も吉野の山とおもふ心に ふかきゆゑやあるらん}
{ねかはくは 花の下にて春しなん その着更衣のもち月のころ}
西行法師の和歌にも詠まれた大和の吉野山~当初は{吉野}.{吉野桜}として
売っていたのを染井村の名を取り{染井吉野}と呼ぶようになったのでしょう! 
{大和路}奈良地方気象台 331日~標本木 {染井吉野} 満開を発表!
平年より5日早く昨年より1日早い桜花 満開が 発表されています!
{奈良の一番桜 樹齢100年の春日野.氷室神社枝垂れ桜数年前に
樹木医の治療.手入れも完了され 見事に咲き誇っています
各地から奈良に観光に来られる皆様方に喜んで頂いていますね!
桜花 休眠打破した後 気温が高い程花芽の生長が早く進み
開花が早まるとされていますね!
桜は 夏頃に翌春咲く花のもととなる花芽を形成し休眠に入り~花芽は
冬の低温に一定期間さらされると休眠打破.気温が高くても低すぎても
休眠打破》は起こらないとされています
花芽は休眠打破のあと温度の上昇と共に生長し開花するとされています 
桜花 爛漫.門前町 {歓喜天} 守護神の生駒聖天~参道  

例年の事ながら 寓居から徒歩で数分の距離にある
{生駒聖天} 参道でもある元町の古木の桜花群!
爛漫の桜花!{桜並木}のトンネルを潜れる充実感を満喫出来ました!
ただ門前町の 古老の御言葉によれば 花の咲く時期は勿論 .常日頃からの
手入れも大変だそうです 
生駒聖天{宝山寺}への参道沿いの古木-桜並木は 今年も見事に咲き誇り
宝山寺までの長い石段沿いには茶店や土産物屋 旅館などが建ち並び
昔ながらの風情も楽しめます 
{チャレンジ“絆”向こう三軒 両隣り裏隣り!安全で安心して暮らせる 街!
私達が日常から促進している《声かけ運動》~参道の御家庭の門扉
旗がはためき爛漫の桜花と元気溌剌に共生していました! 
{歓喜天} 守護神であり{現世利益}宝山寺は 商売繁盛等にも
御利益が有ると言われており 多数の参詣者が集まって来られます
生駒山は 古くから 神霊の宿る山として崇められ 役小角 空海 
修行の地との伝承があります
真言律宗 正式名は {都史陀山大聖無動寺}延宝六(1678)年 
宝山湛海の 開山本尊は不道明王だが 聖天さんと呼ばれる
{大聖歓喜自在天}への 信仰が強いとされていますね! 
この寺の信仰は {般若磐}と呼ばれる安山岩の突起に出来ている洞穴に見る
{巨石信仰}にあり 特に生駒市から南へった処から見る 岩山には
ただならぬものを感じます

国家安泰.祈願~不動明王の前で大護摩会式
4月1日・{聖天さん}本堂では雅楽を奉奏!本尊の不動明王の前で開祖
湛海律師が行った護摩供養に因み煩悩を焼き尽くして浄化!
国家安泰.五穀豊穣.心願成就を祈願!護摩木{8千枚}を焚いて
国家安泰を祈る{大護摩会式}が営まれました
 妹に逢はずあらばすべなみ岩根踏む
                生駒の山を越えてぞ我が来る
 桜ばないのち一ぱいに咲くからに
        生命をかけて我が眺めたり{岡本かの子} 
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2015/03/15

天にも焦げよ{炎}~{南無観世音} 1264回 東大寺二月堂{修二会} 

走る 火影 揺れる あふれる涙 燃える
      燃える 燃える 松明 「修二会」

春寒の弥生 三月春まだき
      君の肩にはらり 良弁椿
ここは東大寺 足早にゆく人垣の
      誰となく独白く 南無観世音
            折から 名残り 雪
君の手は既に 凍り尽くして居り
     その心 ゆらり 他所にあり
もはや二月堂 天も焦げよと松明の
炎見上げつつ何故君は泣く 雪のように
   火の粉が降る~~♪ {修二会}
          {さだまさし 作詞・作曲}
 東大寺.法華堂{三月堂}「北門」芭蕉の句碑

二月堂へ往く前に 広い東大寺境内で最初に訪ねたのが
大仏殿の創建より古く天平四年(733) 良弁僧正創建
{金鐘寺}一堂でもある 法華堂{三月堂}でした

水取りや 氷の僧の 沓の音    {芭蕉}    

東大寺・三月堂「龍王之瀧」の 前

水取りや 氷の僧の 沓の音  《 水取りや 籠の僧の 沓の音 》

天下安泰.万民幸福~1261回目を迎えた伝統行事が
粛々と行われている~ニ月堂 {修二会}の 御隣りの{法華堂}
{北門}にある 芭蕉の句碑

水取りや 籠の僧の 沓の音

ところが 松尾芭蕉が 貞享元年 伊勢・伊賀・大和・近江を巡った
野ざらし紀行」の稿本・写本の中でも 芭蕉 直筆とされている
『天理本』には [籠の僧]ではなく [氷の僧]なっているそうです

 二月堂に籠りて (前書)
水取りや 氷の僧の 沓の音

{天理大学付属 天理図書館は 小生の地元でもあり 高校生時代から
受験勉強と称して利用させて頂いていましたが残念乍ら未だ
芭蕉 直筆とされている『天理本』原本を拝読させて頂いていません
俳壇の大御所()「氷の僧だから名句!籠の僧とすれば駄句に過ぎない 
{ダーン! ダーン!二月堂 堂内では上堂した練行衆
沓を鳴らし本尊に{参りました}と告げます
{ダン!ダン!ダン!}{ダダダダッ!}「差懸」(木製の履物)
沓の音は更に激しく二月堂.舞台の下まで響き渡り練行衆は
内陣に駆け入って行きますね!

佳景寂寞として心すみゆくのみおぼゆ』 推敲の名手.俳聖 芭蕉

{奥の細道} 山寺 {立石寺~蝉の句}推敲例として 有名ですが~  
山寺や石にしみつく蝉の声    {曾良書留}
淋しさの岩にしみ込せみの声   {木がらし}
さびしさや岩にしみ込蝉のこゑ {初蝉.泊船集}
 
閑さや岩にしみ入蝉の声

{閑さや}{岩にしみ入}~推敲にて~奥の細道本文には
佳景寂寞として心すみゆくのみおぼゆと言ったのでしょうね!

平泉中尊寺に詣でた時の{光堂(金色堂)}
{五月雨の降のこしてや光堂}

蛍火の昼は消えつつ柱かな
五月雨や年ゝ降りも五百たび
五月雨の降のこしてや光堂

{随行日記}--曾良によれば日は{天気朗}
芭蕉は{五月雨}を降らし{鮮やかな光堂}となり
余にも名句として残っているのでしょうね!

{若狭⇒東大寺二月堂{若狭井}{お水送り}

若狭(小浜)~下根来八幡宮.山八神事!
神宮寺境内.弓打神事.達陀~松明行列
鵜の瀬大護摩~{送水}神事が粛々と
催行された{お香水}は若狭鵜の瀬から
10日経て大和.東大寺二月堂「若狭井」に
届くとされています
{若狭国.遠敷明神.遠敷河を領して魚を取りて遅参・二月堂のほとりに清水を
涌き出ださせ観音さまに奉上!いみじく たぐひなき 甘泉わき出たり石をたたみて
閼伽井とす}~{二月堂縁起}
魚を採っていて参集に遅れた遠敷明神!
{二月堂縁起~}お水取り}の由来等が記されていますね! 
天平勝宝 {752}~連綿と途切れず幾多の辛酸を潜り抜け
1250年以上に渡り連綿と続けられている1264回目
東大寺二月堂 {修二会}「十一面悔過 」
 厳格な清浄さで 慰霊と災害.復興への 祈願.二月堂本尊の十一面観音
人々の罪を 懺悔{五穀豊穣}{万民快楽}---幸せを祈る
東大寺ニ月堂{修二会} 今年は1264回目を迎えました 
{達陀の行} (312日~14) 炎の力で邪悪を払い 燃え盛る
松明を持った火天役が内陣に 水天役と向き合い飛び跳ねる仕草を
繰り返した後 松明が礼堂に投げ出されました! 
{籠松明} 11本童子により 二月堂.舞台の欄干から松明を空に向けて 突き出し回転!
火の粉を散らしました この御堂の舞台から打ち振られる炎を各地から詰めかけた
23千人以上の方々が見つめたと言われています

二月堂下の 閼伽井屋にある井戸から聖水の「香水」をくむ {お水取り}
本尊の十一面観音に供えられます
春寒の弥生三月十五日未明 大和路の春を呼ぶ 煌めく{} 古都の祭典は
世の平穏.祈りを捧げ315日未明に満行 を迎えます! 
火の行~{達陀}で 練行衆が使った被ると
呪力が宿るとされている金襴の帽子 {達陀帽}
早朝の二月堂南側広場では古式床しい装束の二月堂
朝参講の方々に我が子の健やかな成長を願う御家族連れが
  {達陀帽}を被せて戴いていましたね! 

神に近い子~{中灯 童子 敏 丸}

東大寺 二月堂 大欄干》 聖域に入る
ことを許された 神に近い子《童子》
{中灯 童子 敏丸} として大松明を持つ
{童子}を務められたのが 生駒の
小生宅の近所にお住まいの 門谷敏也さんです
今年は御事情により御休場となりましたが-{中灯さん~行きまぁ~すぅ
あの元気な声が聞かれず~東大寺二月堂大欄干で乱舞した勇壮な炎
{籠松明}を持たれた 門谷敏也さん
今年は御家庭の御事情で雄姿が観られないのが~残念な限りです 
{火の行{とも言われる{修二会}で使われる松明は{二月堂.修二会}
裏で支える{童子}よって作成されています
童子は 聖域に入ることを許された神に近い子の資格を持った人達であり
《練行衆》に 其々 一人ずつ付かれ門谷さんは 二月堂・大宿所で
大松明の作成や 食事等 練行衆の御世話で 昼夜を問わず多忙を
極められていました 
門谷敏也さん宅の門前に{今年も}ある-二月堂大欄干--勇壮な炎が
闇夜に乱舞した籠松明」 《無病息災》を齎して頂く大松明(8M)
重さは 80キロと言われる~満行を迎えた『籠松明』を身近に眺め
手に触れる事が出来.あの日の感動が蘇えりました
本当に有難う御座います

東大寺 二月堂の舞台に突き出された長さが約8メートル 
重さは6070キロ~乱舞する籠松明大和路の春を呼ぶ{}

連綿と途切れず続く伝統行事{お水取り}特別陳列
東大寺~二月堂.修二会. 特別陳列{お水取り}奈良国立博物館で
東大寺.仏教美術協会の主催で開催されています(3.15) 
練行衆11人.が本尊・十一面観音の前で罪を悔い改め世界の人々の幸せや
五穀豊穣を祈る伝統行事で使われた法具.所縁の絵巻.国重要文化財{16件}
62件が特別陳列されています
 {東大寺.大仏殿}~東日本大震災の慰霊法要!
東日本大震災. 地震が発生した午後2時46分.東大寺の大鐘が
突き鳴らされました!大仏殿では 筒井寛昭別当らが読経~犠牲者の
鎮魂・被災地の早期復興を祈願されていました (3月11日) 

ちりぬれば 匂ひばかりを 梅の花
                    ありとや袖に 春風の吹く
千利 連八 尓保 比者可 越 里 二 能      藤原 有家(新古今)

これよりは恋や事業や水温む  高浜虚子
大正5.高商句会で虚子が東京高等商業の卒業生を送る俳句
{水温む}~そんな季語が相応しい季節を迎えますね! 
「お水取りが終わるまでは暖かくならない」 
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