2024/04/01

(大和また新たなる国~大和郡山城の櫓には満開の枝垂れ桜~[第63回大和郡山.お城まつり]

         『いざ子ども 山べにゆかむ 桜見に 

                              明日ともいはば 散りもこそせめ』 (良寛)


 
『大和また 新たなる国  田を鋤けば』(山口誓子) 

 奈良女子大学附属中等部にある 標本木5輪以上の開花を 目視で確認し 桜の開花を

宣言したのが去年と比べて11日遅い 331日でしたね!

東京 靖国神社.標本木の桜(ソメイヨシノ)が開花去年より15日遅い開花(329)

大阪城公園 西の丸庭園の標本木 開花(331) 

令和6年の桜の開花.多くの地域で予想より遅れ3月下旬に予想を見直し開花時期を後ろに

温暖化が 背景にあると みられ極端な気象に(桜の花)も 翻弄されているようですね! 

(63回お城まつり(史跡郡山城跡) (城下町一帯)開催されています. ⇒ ソメイヨシノ.

山桜.しだれ桜 八重桜など約600本の 桜の宴!

ライトアップ.びボンボリ点灯は18時~21時迄.324日奉告祭.数珠くり法要.女王卑弥呼

交代式 331 .出陣式.時代行列.白狐渡御等

47日 お城まつりコンサート等々が開催されます. 

     
[大和郡山お城祭り]は昭和36年に観光協会会長広瀬元次郎が始めた [数珠くり法要]起源 

[数珠くり法要]は 石垣の中にある 石仏や城史有縁の諸霊を慰めた様です. 当初55日の

子供の日に実施.~明治40(1907)から 桜が見ごろを迎える時期に行われていた

(金魚品評会)合わせて催されています.

大和郡山城の桜は 天正13(1585)豊臣秀吉が談山神社を多武峰から郡山城下に

移した際に一緒に移したのが 起源とも言われています.

    *談山神社は天正18(1590)に戻りました. 

天正8(1580)(筒井順慶)が築城し大和.和泉.紀伊三ヶ国・百万石の太守として

(豊臣秀長)大和(郡山城)に 入城したのが⇒天正13(1585)

享保9(1724)柳澤吉里甲府より郡山に国替え入城し 桜樹を補植し.以来毎年 

春の開花期には藩士.町民達の楽しみであったと伝えられています 

明治となり城郭が全て取り払われたが旧藩士が明治13(1880)本丸に 藩祖.柳澤吉保

祀る(柳澤神社)を建て周辺に旧藩邸の桜樹を移植し更に数百株を補植.毎年(かがり火)

焚き(春宵一刻)を 楽しむ様になったそうです 

(追手門)豊臣秀長.築城に 相応しい姿で復原!郡山城跡の櫓には満開(枝垂れ桜)が近鉄電車の

車窓からの眺めも心を和ませて呉れています 

筒井順慶.豊臣秀長.柳沢吉保.所縁の大和郡山城跡ソメイヨシノ. 山桜. しだれ桜. 八重桜等800

(日本さくら名所100)山口誓子.森川許六の句碑の基で(桜花)を愛で散策するのも如何が~ 

          『大和また 新たなる国 田を鋤けば』 (山口誓子) 

 

           『菜の花の 中に城あり 郡山』 (森川許六) 

『いざ子ども 山べにゆかむ 桜見に 明日ともいはば 散りもこそせめ』(良寛) 

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